『田園の詩』NO.16   「蛍賛歌」 (1994.7.5)


 桜の花が、南から北に咲き進んでいくのを桜前線といいます。同じように、蛍の初見や
見ごろも、九州や四国から始まり、やがて北の地方へと移り進みますが、それを蛍前線
というのだそうです。今、蛍はどのあたりで人々を幽玄の世界へ誘っているのでしょうか。

 私の住んでいる大分県国東半島の山香町では、六月初旬が乱舞のピークでした。
この時期になると地方の新聞は蛍の記事で埋め尽くされます。各町村の蛍の名所や
観賞会の情報、≪友情の蛍≫を今年も都会の小学校に送る・・・等々です。

 多くの記事の中には、次のようなものもありました。県内の昆虫同好会のS氏は、
≪友情の蛍≫という新聞の記事の見出しを読むたびに、複雑な気持ちになると
述べていました。住める環境のない都会に送られた蛍の行く末を思うと、はたして
この行為が≪友情≫という美しい言葉で表現されうるものかどうか疑問であると
指摘していました。

 時を同じくして、今度は、都会の小学校から、長い年数続いた蛍のプレゼントを
辞退したい旨の記事が載っていました。送られて来た蛍がかわいそうだとの気運が、
子供たちや父母の間から高まったからだそうです。

 何はともあれ、私の愛する蛍にとっては、うれしい風潮が現れてきたようです。

 大蛍 ゆらりゆらりと 通りけり  (一茶)

 実際に、山里の川辺の道にたたずむとき、このような光景に出会うのです。自然の
中で飛び舞う蛍の光はすばらしいものです。都会のネオンサインなど足元にも及ばない
と私は思っています。


      
     ここも蛍の出るポイントです。ただ、川岸の防災工事で両岸がセメント壁になってしまうと
      蛍にとって、つらい環境になります。ここは蛍に配慮した工法が採られています。
      蛍が出たら、難しい撮影に挑戦してみます。


 それにしても、昨年は、長雨や度重なる洪水で川が荒れてしまったので、今年は蛍が
少ないだろうと予想していたのに、当地では例年より多いくらいでした。人間の想像を
超えた蛍の生命力の強さには、ただ驚くばかりです。

 一時は、農薬などでいなくなりかけていた蛍が、今また沢山帰って来ているのです。
いつまでも大切に見守ってやりたいものです。     (住職・筆工)

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